監修:土肥 聡〔臨床遺伝専門医・指導医/超音波専門医・指導医/産婦人科専門医・指導医〕 最終更新日:2026/07/03
はじめに
出生前検査や遺伝カウンセリングを検討する過程で、「臨床遺伝専門医」という言葉を目にする機会があるかもしれません。しかし、多くの方にとって、この資格が具体的に何を意味するのかは、あまり知られていないのが実情です。
このコラムでは、臨床遺伝専門医とはどのような医師なのか、どのような研鑽を経てその資格が得られるのか、そして、妊婦さんが出生前検査を考えるうえで、この資格がどのような意味を持つのかを、できるだけ丁寧にご説明いたします。
なお、このコラムは特定の医師や施設の優位性を示すためのものではなく、制度そのものを正しくご理解いただくための情報提供として書かれています。
1. 臨床遺伝専門医とは、どのような医師か
臨床遺伝専門医は、次のように定義される医師です。
:遺伝性疾患や染色体の変化について、診断・説明・意思決定支援を専門的に行う医師
出生前検査の文脈でいえば、NIPTや羊水検査の結果を、単に「陽性・陰性」として伝えるのではなく、その結果が患者さんの人生・ご家族の将来にどのような意味を持ちうるかを、医学的根拠に基づいてご説明し、判断を急がせることなく、患者さんご自身が意思決定できるよう支える役割を担っています。
よくある誤解について
「臨床遺伝専門医」という名称から、研究室で遺伝子を解析する研究者を想像される方もいらっしゃいますが、そうではありません。臨床遺伝専門医は、患者さんとご家族に直接向き合う臨床医であり、遺伝という切り口から、診断・カウンセリング・継続的な支援を行う医師です。
言い換えれば、「遺伝に関わる医学的情報を、患者さんとご家族に正確にお伝えし、意思決定を支えること」を専門とする臨床医が、臨床遺伝専門医です。
参考:臨床遺伝専門医制度委員会
2. 臨床遺伝専門医が担っている役割
臨床遺伝専門医の役割は、あらゆる医療分野に広がっています。出生前医療に限らず、以下のような領域で活動しています。
- 出生前医療(NIPT・胎児超音波・羊水検査等に関わる遺伝カウンセリング)
- 小児遺伝疾患(染色体変化・遺伝性症候群の診断と支援)
- 遺伝性腫瘍(家族性乳がん・卵巣がん、遺伝性大腸がん等の家系相談)
- 生殖医療(不妊症の遺伝学的評価、着床前検査等)
- 成人発症遺伝性疾患(神経疾患・循環器疾患等の遺伝相談)
- 希少疾患・未診断疾患(診断困難な症例への遺伝学的アプローチ)
このように、臨床遺伝専門医は「特定の臓器・疾患」ではなく、「遺伝という切り口で医療を横断的に扱う医師」だとご理解いただけると、その役割が見えやすくなります。
3. 資格取得までの道のり
臨床遺伝専門医は、日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会が共同で認定する専門医資格です。取得までには、長期にわたる研鑽が必要とされています。
資格取得までの流れ
- 医学部卒業(6年間)
- 医師国家試験合格
- 初期臨床研修(2年)
- 基本領域専門医の取得
(産婦人科専門医・小児科専門医・内科専門医など) - 学会入会・研修開始登録
(日本人類遺伝学会または日本遺伝カウンセリング学会) - 臨床遺伝専門医研修
(指定研修施設での3年以上の研修) - 規定数の症例経験
- 筆記試験
- 面接試験
- 臨床遺伝専門医 認定
- 5年ごとの資格更新
(継続的な研鑽の担保)
資格取得のポイント
医学部・初期研修を含めれば、資格取得までに最短でも約12年以上の研鑽が必要です。
すでに基本領域専門医(産婦人科専門医など)を取得している医師が、そこからさらに専門性を積み重ねて取得する資格となります。
学会員として継続して3年以上の在籍が必要となるなど、時間的な要件も厳格です。
5年ごとの更新制度により、継続的な学習と実践が担保されています。
参考:臨床遺伝専門医制度委員会「専門医をめざす方へ」
4. 日本における臨床遺伝専門医の現況
臨床遺伝専門医は、日本全国でどのくらいの人数が認定されているのでしょうか。
公表データに基づく現況
日本全国の臨床遺伝専門医数:2,046名(2026年7月4日現在) 出典:臨床遺伝専門医制度委員会「臨床遺伝専門医・指導医一覧」
日本国内の届出医師数:347,772人(令和6年12月31日現在) 出典:厚生労働省「令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」(令和7年12月23日公表)
日本で医療に携わる医師のうち、臨床遺伝専門医の資格を持つ医師は、全体の約0.6%という水準です。
産婦人科領域における臨床遺伝専門医
臨床遺伝専門医は、産婦人科・小児科・内科など、さまざまな基本領域の医師が取得できる資格です。そのなかで、産婦人科専門医と臨床遺伝専門医の両方の資格を持つ医師は、さらに限られた人数となります。
日本産科婦人科学会は、「生殖医療に関する遺伝カウンセリング受入れ可能な臨床遺伝専門医」の名簿を都道府県別に公開しており、こちらから最新の状況を確認いただくことができます。
この情報の受け止め方
こうした背景から、「遺伝の専門的な相談を受けたい」と思ったときに、どこに相談すればよいかがわかりにくいという現状があります。だからこそ、この資格制度そのものをご存じいただくことが、患者さんが安心して相談先を探すための第一歩になると私たちは考えています。
5. 臨床遺伝専門医が行う「遺伝カウンセリング」とは
臨床遺伝専門医の中心的な業務の一つが、遺伝カウンセリングです。この言葉も、実は誤解されやすい言葉です。
「カウンセリング」というと、心理的なサポートを想起される方が多いかもしれません。しかし、遺伝カウンセリングは心理療法とは異なり、次のような内容を含む医学的な情報提供と意思決定支援のプロセスです。
遺伝カウンセリングの主な内容
- 家族歴の丁寧な聴取と、遺伝性疾患の可能性の整理
- 検査の意義と限界についての正確な情報提供
- 検査結果の医学的・遺伝学的な意味の説明
- 偽陽性・偽陰性・判定保留の可能性についての事前説明
- 陽性結果が出た場合の選択肢の整理
- 次の妊娠への影響(再発率など)の情報提供
- 意思決定の支援(判断そのものは患者さんが行う)
- 必要に応じた心理的サポートへの橋渡し
遺伝カウンセリングの原則
遺伝カウンセリングには、国際的に共有されているいくつかの原則があります。
- 非指示的(Non-directive):医師が「こうすべき」と方向を示すのではなく、患者さんが自ら判断できるよう情報を整理する
- 十分な情報提供:判断に必要な情報を、わかりやすく、偏りなく提供する
- 自己決定権の尊重:最終的な判断は、患者さんとご家族が行う
- 守秘義務の遵守:遺伝情報の慎重な取り扱い
これらの原則は、臨床遺伝専門医が長期の研修を通じて身につける専門性の中核をなすものです。
6. 出生前医療において、臨床遺伝専門医が担う役割
出生前検査の領域において、臨床遺伝専門医は具体的にどのような場面で関わるのでしょうか。
検査を検討する段階
- 家族歴の詳細な聴取(遺伝性疾患の可能性の評価)
- 各検査(NIPT・母体血清マーカー検査・コンバインド検査・胎児超音波検査など)の特徴・意義・限界の中立的な情報提供
- 患者さんが何を知りたいのかを一緒に整理するお手伝い
- 意思決定を急がせない姿勢での情報提供
なお、遺伝カウンセリングの国際的な原則に基づき、「どの検査を受けるべきか」を医師が指示することはありません。あくまで、患者さんとご家族が自ら判断できるよう、情報を整理してお伝えする役割を担います。
検査結果を受け取った段階
- 陰性結果の場合の残存リスクの説明
- 陽性結果の場合の偽陽性の可能性(胎盤限局性モザイク等)を含めた説明
- 確定検査(羊水検査等)を検討する際の情報提供
- 胎児超音波所見との統合的評価
- 稀な染色体変化や遺伝性疾患の可能性についての相談
確定検査後の段階
- 確定検査結果の医学的意味の説明
- 診断された場合の予後・支援体制の情報提供
- 出生前コンサルト小児科医との連携
- その後の妊娠経過の継続的フォロー
- 次の妊娠への影響(再発率)の情報提供
このように、検査の前・中・後を通じて、遺伝という切り口で医療を統合的に支えるのが、出生前医療における臨床遺伝専門医の役割です。
7. なぜ、この資格の存在を知っていただくことが大切なのか
このコラムをここまでお読みいただいた方の中には、次のような疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。
「なぜ、患者である私が、この資格制度について知る必要があるのだろうか?」
その理由は、医療における意思決定は、患者さんとご家族が行うものだからです。
医療者は、情報を提供し、選択肢を整理し、判断を支えます。しかし、最終的にどう進むかは、患者さんご自身が決められることです。そのためには、患者さんが「情報を提供する医師の背景」をご存じであることも、意思決定の一助となります。
臨床遺伝専門医という資格制度を知っていただくことは、決して「この資格を持つ医師でなければならない」という話ではありません。「どのような専門的背景を持つ医師が、自分の相談に応じてくれるのか」を知ることが、納得のいく意思決定につながる、という意味においてご紹介しています。
8. 豊洲レディースクリニックの体制について
当院院長は、臨床遺伝専門医の資格を有しており、産婦人科診療と遺伝医療の両面から、患者さんの相談にお応えしています。
院長の主な資格・認定
- 医学博士
- 日本専門医機構認定 産婦人科専門医・指導医
- 日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医・指導医
- 日本超音波医学会認定 超音波専門医・指導医
- 日本周産期・新生児医学会認定 専門医・指導医
- 母体保護法指定医
- Fetal Medicine Foundation 認定NT specialist,
- Fetal Medicine Foundation 認定certificate:Nasal bone / Tricuspid regurgitation / Ductus venosus / Preeclampsia screening
こうした専門的背景を活かし、当院では以下のような対応が可能です。
- NIPTを受ける前の遺伝カウンセリング
- NIPT実施と結果説明
- 陽性結果を受けた場合の、偽陽性の可能性を含む詳細な説明
- 確定検査(羊水検査)を検討される際の情報提供、および施設内での実施
- 胎児超音波所見との統合的評価
- その後の妊娠経過における継続的フォロー
こうしたプロセスを一貫して同じ医師が担当できることは、患者さんとご家族が信頼関係の中で意思決定を進めていただくうえで、大切な要素だと私たちは考えています。
最後に
臨床遺伝専門医は、遺伝性疾患について診断・説明・意思決定支援を専門的に行う医師であり、長期の研鑽と厳格な認定プロセスを経て資格が与えられます。
出生前検査を検討されている方、NIPTの結果でお悩みの方、ご家族の遺伝性疾患についてご相談したい方 ―― どうか一人で抱え込まず、専門的な相談ができる場所を頼ってください。
意思決定を急がせることなく、患者さんとご家族が納得のいく選択にたどり着けるよう、私たちは寄り添ってまいります。
ご相談のご案内
お問い合わせ:03-5534-9700(代表)
関連コラム
参考文献・情報源
- 臨床遺伝専門医制度委員会(Japanese Board of Medical Genetics)
- 臨床遺伝専門医制度委員会「臨床遺伝専門医・指導医一覧」
- 臨床遺伝専門医制度委員会「専門医をめざす方へ」
- 日本人類遺伝学会「資格認定」
- 日本遺伝カウンセリング学会「認定制度」
- 日本産科婦人科学会「生殖医療に関する遺伝カウンセリング受入れ可能な臨床遺伝専門医」
- 厚生労働省「令和6(2024)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」
- 厚生労働省「ゲノム医療と患者・市民をつなぐ「架け橋」としての遺伝カウンセリング」
免責事項:本コラムは、一般的な医学情報の提供を目的としており、特定の資格保有者の優位性を示すものではありません。個別の状況については、必ず医療機関にご相談ください。








