2025年に入り、日本全国で百日咳の感染が急増しています。特に生後6ヶ月未満の赤ちゃんにおいて、重症化や死亡例が相次いで報告され、極めて深刻な状況です1)。
このような中、生まれてくる赤ちゃんを感染から守るために注目されているのが、妊娠中の百日咳ワクチン接種を通じた「母子免疫」です2)。
当院でも百日咳ワクチン接種(Tdap)を開始いたしました。
以下に詳細をご案内いたします。
「母子免疫」とは?
日本の定期予防接種では、百日咳ワクチンの接種は生後2か月以降から始まります。したがって、もっとも重症化しやすい新生児期~生後2か月未満の赤ちゃんは、ワクチンによる防御ができない「空白の期間」に晒されています。
この空白を補うのが、「母子免疫」という考え方です。妊婦がワクチンを接種することで、母体にできた抗体が胎盤を通じて赤ちゃんへと移行し、生まれながらにして感染症から守られるのです2)、3)。
日本と海外の百日咳ワクチンの違い:Tdap(Boostrix®)とDPTの役割
海外での標準的接種:Tdap(Boostrix®)
米国や英国など40か国以上では、妊娠中にTdapワクチン(製品名:Boostrix®)を接種することが推奨されており、生後2か月未満の乳児における百日咳の発症リスクを最大78%減少させることが示されています4)。
このワクチンは、ジフテリア・破傷風・百日咳に対する免疫を含み、妊娠27~32週(理想的には27週)での接種が最も効果的とされています5)。
日本での現実的な選択肢:DPT(トリビック®)皮下接種
一方、日本では輸入Tdap(Boostrix®)は未承認薬のため、一般的な医療機関での接種はできません。その代替手段として、日本国内で定期接種に用いられてきたDPTワクチン(製品名:トリビック®)を妊婦に皮下接種する方法が提案されています3)。
近年の厚労省研究班の報告では、このDPTワクチンを妊娠28~32週に皮下接種した妊婦において、乳児への抗体移行が確認され、母体の安全性も確認されたとされています。ただ、DPTワクチン皮下接種によって、乳児の百日咳重症化を予防できるかどうかの効果は、現時点では証明されていません6)。また、副反応(Grade 1が大半)や妊娠転帰の安全性を報告していますが、サンプル数は限られており、稀な副反応の検出力は限定的です6)。
つまり、DPTは「安全かつ抗体移行が可能な代替手段」ではありますが、「Boostrix®と同様の発症予防効果を日本のDPTで評価した前向き介入研究は現在存在しない」ということを理解しておく必要があります。
推奨される接種時期とスケジュール例
妊婦への百日咳ワクチン(TdapまたはDPT)接種と、近年新たに承認されたRSウイルスワクチン(アブリスボ®)の接種を組み合わせることで、新生児期の2大呼吸器感染症に対する予防が可能となります。
Tdap | DPT | |
---|---|---|
推奨週数 | 妊娠27~32週 | 妊娠28~31週 |
備考 | 抗体移行効率が最も高い時期 | 最適な抗体移行効率は不明だが、 妊娠28~32週の妊婦を対象に国内で研究が実施 6) |
Tdapとアブリスボ®の同時接種について
なお、Boostrix®とアブリスボ®は、異なる部位での同日接種は可能ですが、できれば異なる日程で接種するのが望ましいです。理由としては、①各ワクチンの副反応(例:発熱、局所反応)への配慮、②「百日せき菌の防御抗原を含有するワクチンの単独接種と比べて本剤との同時接種で百日せき菌の防御抗原に対する免疫応答が低下するとの報告がある」(アブリスボ®の添付文書)が挙げられます。
接種を検討する際のポイント
- 輸入Tdap(Boostrix®)は日本未承認薬のため、副反応が生じた時は公的な保証制度の適用外となります。万が一副作用が生じた場合には、輸入商社の副作用被害補償制度をご利用いただけます。
- 接種の効果・副反応・承認状況などについては、医師と相談のうえ、納得した上で接種を判断しましょう。
価格
14,000円(税込)
※別途、自費初診料3,300円(税込)もしくは自費再診料1,650円(税込)がかかります。
当クリニックのかかりつけの妊婦さんは、別途再診料がかからないため、妊婦健診の際の接種を推奨しております。
接種のご予約について
当クリニックでは、海外での事例も鑑みTdap(Boostrix®)の取り扱いを行っております(DPT(トリビック®)はお取り扱いいたしません)。
「Tdap(Boostrix®)」の接種を希望される方は、WEBよりご予約ください。
かかりつけの妊婦さんだけでなく、当クリニックにおかかりでない妊婦さんも接種可能です。
百日咳は、特に乳幼児にとって重大な健康リスクをもたらします。
「百日咳ワクチン(Tdap)」により、新生児や乳児の健康を守るお手伝いをしたいと考えています。
妊娠中の皆様は、この機会にぜひ接種をご検討ください。詳細やご不明な点がありましたら、当クリニックまでお気軽にお問い合わせください。
参考文献
- 1) NHK (2025年6月30日). 百日せき 全国で乳児4人死亡 “ワクチン接種 家庭での対策を”. [最終閲覧日:2025/07/10]
- 2) 日本産科婦人科学会 (2025年). 知ってる!? 母子免疫ワクチン(妊婦さん向け). [最終閲覧日:2025/07/10]
- 3) 日本産科婦人科学会 (2025年4月25日). 乳児の百日咳予防を目的とした百日咳ワクチンの母子免疫と医療従事者への接種について. [最終閲覧日:2025/07/10]
- 4) Skoff, T. H., Blain, A. E., Watt, J., et al. (2017). Impact of the US maternal tetanus, diphtheria, and acellular pertussis vaccination program on preventing pertussis in infants <2 months of age: A case-control evaluation. Clinical Infectious Diseases, 65(12), 1977–1983.
- 5) Merdrignac, L., et al. & PERTINENT Study Groups. (2024). Effectiveness of pertussis vaccination in pregnancy to prevent hospitalisation in infants aged <2 months and effectiveness of both primary vaccination and mother’s vaccination in pregnancy in infants: results of the PERTINENT sentinel surveillance system in six EU/EEA countries, December 2015–December 2019. Vaccine, 42(9), 2370–2379.
- 6) 吉原達也, ら. (2024). 妊婦に対する百日咳含有ワクチン接種の抗体応答と反応原性及び児への移行に関する研究:厚生労働行政推進調査事業費補助金(新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業)分担研究報告書.
文責:豊洲レディースクリニック院長 土肥 聡
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